ニューズレター刊行によせて

 平成23年は大変な年でしたね。東日本大震災や福島の原発事故で、日本中が大混乱でした。様々なところで大きな変革が始まる、その端緒になる予感がします。
 精神医療や福祉の世界でも、様々な新しい動きが出てきそうな気がします。例えば、退院促進がようやく本格化し、そのためのスキルトレーニングが必要とされています。また、発達障害とどのように取り組むのか、発達障害支援法が施行されて約8年が経ちます。この8年の間に、教育の現場、医療の現場、その他社会のいろいろなところで、発達障害が話題になってきました。
 例えば、つい最近ですが、発達障害に関わる様々な症状を大きくまとめて、自閉症スペクトラム、とよぶことになりました。前々から、自閉症者100人には100通りの症状があるといわれ、症状を特定し細かく分類することがとても難しいとされてきた障害です。つまり、その症状を障害とするのか、それともその人そのものの持つ特性と理解するのか、私たちに突きつけられているのはそういうことのような気がします。
 個人的な意見なのですが、このことは精神科医療全体に影響を及ぼす問題だと思います。たとえば、統合失調症のリハビリテーションにしても、アスペルガー症候群による社会的困難をいかに解決していくのか、ということにしても、医療という立場から断定的に決めつけるのではなく、そうした固有の特性を持つ人が、どうやったら社会の中で快適に暮らせるのか、という面からの支援を求められている、というひとつの動きのような気がします。
 この度、皆様にニューズレターをお届けすることになりました。従来は、出来上がった教材を目録としてご紹介していたのですが、それに加えて私たちが日々感じている精神医療や福祉の世界の新しい動きを、いち早く皆様にお伝えしていくべきだと考えたからです。
 新作の内容をご紹介するとともに、日々の取材の中で感じている新しい変化、できれば各医療や福祉の現場で起こっている様々なことをできるだけ現場の視点で、いきいきとお伝えしていきたいと考えています。
 このニューズレターは年に2回の予定です。ときどき、気の向いた時に手に取っていただければ、と読みやすい編集を心がけています。
 どうぞよろしくお願いします。

中島映像教材出版 代表取締役
中島太一

震災から一年、元気です

 東日本大震災から、1年が過ぎました。被災地から様々な復興の知らせが届き始めています。一瞬のうちにすべてを失い、絶望のどん底に突き落とされた人たちが、ゆっくりとですが着実に立ち上がりつつあるようです。
 弊社が2011年に発売した『シリーズ 東日本大震災とメンタルヘルス プロローグ 兆しのなかをさまよう人々』に登場した、被災地浪江町の地域活動支援センター・コーヒータイムも、避難先で活動を再開しました。二本松市という浪江町から50キロ離れた街です。小さなお城があるふるい城下町で、毎年菊人形のお祭りがある静かな街です。ここで、新しいスタートを切った施設長の橋本由利子さんからのメッセージをお伝えします。


コーヒータイムのみなさん。2012年4月撮影。

 全国の大勢の方々の応援を得て平成23年10月に二本松市市民交流センターの内に喫茶店を再オープンいたしました。
 ショップの売りは元の事業所から持ち出した、手作りの椅子とテーブル、それから地震でも壊れなかった大堀相馬焼の珈琲カップでのコーヒ―の提供です。15名いたメンバーは全国に散り散りになってしまいましたが、福島市や二本松市の仮設などから6名が集まってくれました。開所式には二本松市の三保市長も参加してくださり、新しい地域に迎え入れられていることを実感しました。
 現在は二本松在住のメンバー2名も加わり、メンバー8名とスタッフ3名で就労継続支援B型事業所コーヒータイムとして運営しています。
 もともとコーヒータイムは地域にとって必要な事業所を目指していましたが、くしくも原発事故で避難していた街で、地域の先駆け的に事業を始め、町民の憩いの場と情報交換の場も提供しています。また二本松市民の方々も喫茶店を利用してくださり、浪江町と二本松市の架け橋にもなっています。
 移動支援や事務所兼居場所としての作業場など必要なものが次々と出てきています。また全員の胸の内にはいつ故郷に帰れるのだろうかとか、残してきた家はどうなるのだろうかとかの不安がいつもあります。でも毎日笑顔を忘れないようにしながら、「いらっしゃいませ」を新しい場所で元気に言っています。

 これまで北海道の浦河で行われていた「当事者研究全国大会」が、今年は福島で行われます。コーヒータイムのメンバーも参加し、発表すると張り切っています。被災の体験からどんな研究成果が見られるでしょうか、楽しみですね。

発達障害の学生が抱える課題とは|『発達障害の学生支援』発売記念 梅永雄二インタビュー


宇都宮大学教育学部教授・梅永雄二先生。

 「特別支援教育」「発達障害者支援法」などの社会環境の整備で、大人の発達障害に注目が集まっています。最近まで発達障害の問題は義務教育の中での議論が多かったと思われます。発達障害は一生涯に渡る支援が必要な障害です。最近になって、高校や大学など思春期以降の若者の問題としても、発達障害が話題になっています。
 若者は大人社会の入り口に差し掛かる時期であり、他者との関係を通じて自己を知り、成長していきます。発達障害のある若者たち、特に大学生の課題や彼らを取り巻く親や教師など支援者はどうあるべきなのか? 発達障害のある人の就労支援の専門家で、弊社刊による『発達障害の学生支援』を監修いただいた宇都宮大学・梅永雄二先生に、思春期以降の発達障害のある人の現状と理解についてお話をお聞きしました。

——発達障害のある学生が大学に増えているということですが、実態はどんなものなのでしょうか?

梅永 独立行政法人日本学生支援機構が昨年(平成23年)取った調査で、全国の大学、短期大学、高等専門学校1206校を調査したところ、10236人がいわゆる障害のある学生(身体障害、療育、精神障害者保健福祉手帳の所持および健康診断によって障害があると判断された)ということが分かりました。障害のある学生も以前より多く大学などに進学してくるようになりました。またデータから読み取れるように発達障害のある学生(診断有り)については、全体の18%を占めていて決して少ない数字ではありません。そして気をつける必要があるのが、学校生活における対人関係のつまづきや他の学生がやれているような就職活動にうまく乗れなかったりと、本人及び周囲が悩んでいるケースが非常に多いということです。今は少子化もあり、大学全入の時代ですから、こうしたことが全国の大学で起きているということです。

——今回話題になっているのは、そうした障害の診断あるなしに関わらず、対人関係や就職活動などで問題が見えてくる学生が増えているということですよね。

梅永 そうなんです。確かに「発達障害者支援法」の制定などで「発達障害」に対する理解や支援は進みつつあります。障害者雇用も発達障害が支援の対象になりました。しかしながらこれらは診断を受けて利用できるものとなります。大学生では、知的には遅れの無い自閉症の一つであるアスペルガー症候群の方が多く見られるところだと思います。アスペルガー症候群は他人の感情を読みづらいという特徴があると思われます。例えば一方的に相手に話を続けてしまったりなど、そのことで他人とのコミュニケーションに難を感じてしまうわけです。それと、想像性に難があるため、いわゆる抽象的なことやあいまいなことに対する理解が困難なところがあると思います。

——最近、メディアなどでも「アスペルガー症候群の人達は皆、特殊能力(○○博士などの愛称で呼ばれたり)を持っているかの様に見られている」と、ある当事者の方が悪い意味でのイメージが固定化したとおっしゃっていました。

梅永 アスペルガー症候群の方の中にも技術者や専門家といわれる職業についてその特性を活かした活躍をされている方もいますが、やはりごく一握りだと思います。また同じアスペルガーと言っても人によって違うところもあります。所謂、得手不得手が人によってあります。大学生では学生生活を送る上で困るところは、例えば必修科目、選択科目の履修登録がありますが、この選択でつまづいたり、授業の中ではその学生が聞くことに困難がある場合、口頭で先生が言ったレポートの提出を聞き逃し、結果として忘れてしまうと言ったトラブルが見られます。

——それでは、どのような支援をしたらよいのでしょうか?

梅永 先ほど申した様に口頭での伝達を聞きはぐれてしまう人がいますから、文面で伝える。また刺激に敏感な場合、試験は別室受験が受けられる様な配慮。ティーチングアシスタントやノートテイカーの様なサポーターの存在などが考えられます。また支援者はその学生の困っているところを出来るだけ本人と共に考え、就労を見据えた進路選択を導き出すことではないでしょうか。

——どうもありがとうございました。

いま、街で生きるということ|第1回 肥田裕久

精神の病を持って街で生きる、ということの大切さ、しんどさが身にしみて感じられる日々です。その大切さやしんどさを現場からの視線で伝えていただきます。 第1回は、千葉県で心理教育を基本に地域医療を展開している、ひだクリニックの肥田先生です。

ひだクリニック院長・肥田裕久先生。

 がんばり屋さんであった統合失調感情障害のNさんご家族のことをご紹介します。Nさんは教員採用試験に合格し、希望であった教職生活を始めました。数年後、島嶼勤務になったのですが、そこで発症をしました。その後、何度か休職をしながらも勤務を続けていましたが、そこに、身体の病気が加わってしまいました。肺動脈塞栓症という病気です。肺を血液が通過しにくくなり心不全をきたします。そういう大変な病気でした。酸素ボンベを携帯しなければならず、酸素チューブをずっとつけていなければなりません。階段を登るのも2、3段毎に休み休みです。こういった精神科と身体科の2つの病気を抱えながらも、彼女の希望は「ひとりで生活をする」ということでした。むずかしい、危険ではないか、そういった意見がたくさんありました。しかし、彼女の希望は強く、クリニック近くのマンションに引っ越し、デイケアには足繁く通所していました。デイケアのホールで母娘仲良く話している光景も見かけました。彼女には音楽の才があり、ピアノ演奏しデイケアメンバーと楽しそうにしていました。しかし、こういった安寧な時間は長くは続かず、再び肺動脈塞栓症が彼女を襲います。ICUに緊急再入院になりました。残念ながら彼女はひとり暮らしに戻ることは叶わず、その後亡くなってしまいました。お母さんの落胆ぶりは傍から見ていてもとても辛いものがありました。その後もお母さんは折にふれてデイケアにきてくださりましたがやはり悲しげな表情でした。

 千葉県にはビッグ雛祭りという催しものがあります。発祥は徳島県勝浦市で平成元年にはじまったものですが、その後千葉県勝浦市で平成13年から行われています。期間中は2万5千体以上の雛人形が町中に飾られます。圧巻は神社の60段の石段を雛段に見立てて飾られる光景です。ここにお母さんは、彼女が生まれた年に購入した雛人形を奉納しました。彼女が生まれてから、ひとりで暮らすようになってからも、そして彼女が亡くなったあとも毎年飾っていたそうです。そういう思い出深い雛人形ですが、奉納しようと思ったのは、生きている時にはひとりで頑張ってきたのだけれど、亡くなってからは皆と一緒に暮らしてほしい、との願いからでした。自分の奉納した雛人形がどこに飾られているかは分からないけれど、毎年この雛祭りへ行かれるそうです。そこでお祈りをされます。彼女の冥福を祈り、同じ病気を持つ方たちへのエールなのだそうです。

 私たちの周りには数多くの人間関係があります。このような人間関係は私たちに目に視えて届くわけではありませんが、それでもしっかりと存在するのです。お母さんは今年も雛祭りに行ったと報告をしにきてくださいました。これも支援のひとつの型であるかもしれません。